2016年8月24日水曜日

夏休みの宿題は終わりましたか?

 もし夏休みの宿題が終わっていない人がいたらどうしようって、そればかり心配で、もうドキドキして夜も眠れないんです。恋じゃなくて、それ動悸息切じゃないかおっさん、っていうのやめて。

 みなさんの夏休みの宿題が終わりますようにって、近くの神社へお参りしちゃいます。アッラーあくばーる。

 夏休みは終わりそうだけれども宿題は終わりませんねえ。あ、ちなみに勉強しないので息子を殺した親もあるそうですよ。怖い。そんなご両親ではないと確信しながら、やはり今ならまだ間に合うと、昔取った杵柄か、野生のカンが、そういっています。明日だと間に合いませんね。計画的に退路は決めないといけない。

 以下では、奥さまに、よくネットに書いてるような「進捗を管理する」とかそういう自己啓発系が全くの無駄であることをご覧に入れましょう。とにかくやるならやれという話です。

 もし私なら、今日から読書感想画をやって、次の日に読書感想文を仕上げます。どうせくだらない本しか課題に出ないし、まじめに読み込まないで。その本の裏の方にある、まとめとか、あとがきを読んで、それに沿って解釈すればいいですから。大丈夫。そして最後の日に向けて書き取りをしつつ、前日に(泣きながら?)工作・自由研究と夏休みの友の計算問題を仕上げるというスキのない計画で行くと思います。やけに詳しいって?いやもうね、これに関しては専門家ですから。

 計算問題やいわゆる『夏休みの友』系は、まあまあたいがい答えついてくるから、答えのない実力勝負の書き取りや、そして絵画や感想文などの抽象性が要求されるものは先に、答えのあるものは(工夫して写すだけだから)計画を立てやすいので後に。"set priority" です。奥さまへ、ご参考までに。

 夏休みの宿題をやっていないとはいっていないですが、ちゃんとやったともいっていません。そうです、夏休みの宿題を最終日にやっていなかったわけではないのです。昔宿題だった、かのシェイクスピアもいっています。To be, or not to be - that is the question. と。やるかやらないかが問題なのだと。なせばなる、なさねばならぬ、宿題とはかくのごとしです。ほんとかよ。

 高校時代、私はいつも宿題後のテストは上位に入っていました。所詮田舎の進学校では、大概の生徒は宿題もやらずに、つまり提出もせずに終わっているのです(まじめにやってる優等生も、残念だけれども最初の方にやったことは忘れてしまうから成績が悪くなる)。ざまあないですね。直前に寝る間を惜しんでやったもん勝ちっすよこれは。シェイクスピアイギリスの偉い人、うそつかない。

 これぞまさに、ニッポンの夏、ってかんじですね。家に帰るまでが夏休みです。

 最後に問いかけたいです。みなさん、夏休みの宿題、ちゃんとおわらせていましたか?



 そうはいいつつ。

 個人的に、最近「論理」「順列・並べ替え」「確率」 あたりをきっちりやろうと思い、徹底的にやっております。ある程度もう、やってはあります。あとは見てパッと解法出てくるまで、はいかなくても、すこし考えたら諸々出てくる程度にしたいところです。転ばぬ先の理屈と、あとは慣れなのでしょうか。

 英作文なんかも、偉そうなことを言う分にはもう一通り終わっていたりして。

 最近はとにかく暇なので、カネのかからない暇つぶしをするということに凝っています。でも暑いので、確率などは「ああ、同様に確からしいぞ!」と思ってそこで寝ちゃいますね。ダメすぎる。