2016年6月22日水曜日

商標のルールを守りたい話



 ここにPCLの解説動画があります。主として、音楽で問題になっていた「著作権」が、初音ミクらの場合、ほとんどキャラクターに係る話であることが理解できます。

 規約は、ちゃんと読みましょう。知財関係の法律は国際法に準じた法律ですから、国籍は関係ありません、読んでとりあえず守りましょう。規約を読まない人は、コンドームをつけないオトコみたいなものですし、それは挨拶もできない人だし、最低限のマナーも守れていない、ということです。あなた、規約を読まずにfukase関係の何かを投稿したりしていませんか?コンドームがわからない方は、ご両親に相談せず、直接保健の先生に聞いてみてください。

 法律を破り離れ、つけずに出すときは、それはもう特別な関係でないと。

 で、実は著作権ではなく、商標にかかってきます。これも既に8年以上言い続けてきました。けれども、そこで仲良くすると、どうもベストだったらしいので、それでいいです。

 このように、楽曲に関しては「著作権制度完全崩壊の実施」に向けて周到に用意していたのです。最初に入れたものはヒビでしかありませんでした。それが今や、私たちは、いわゆる原盤権も出版権も、手にしています。これは、「fukase」とかなんかを使おうと何だろうと、そも完全オリジナルで自分が歌おうと、我々「作家」の手中にある権利ですから、誰にも個人から奪うことはできませんし、今後の社会をしっかりと見つめたときにも、先の対応に誤りはないということは、これからも証明され尽くしていくでしょう。頑張ってミックスやマスタリングを身につけたら、それがそのまま原盤権という形であなたの利益になるのです。頑張って歌詞を書いたら、あなたが出版社です。だからミックスとマスタリングを頑張って、といったり、自分でもそこをやっていました。空理空論だと批判され続けていますが、相当現実的なスキームへ法的問題を落とし込みました。

 が、その当時は誰もその話を理解できませんでした。例えば、CCへの両手挙げた賛同への冷めた態度などをとっても、いかに我々がこの分野で尖(とが)っていたのか、ご理解いただけると考えます。私はCCは楽曲に当てはめることに関しては、後から乗っかってきたというように扱っていたのですが、上に述べた通りに全部わしのものじゃ、という理由があります。まだ今でも未熟練な部分があって、脆弱ではあるけれども。昔プロとのガチ勝負状態で若い私が感じたのは、単純に原盤の部分はまだ開発の余地があるね、ということでした。今はプロより上手く捌けるな。そればっかじゃないけどね。原盤の部分を上達させたかった理由は、曲を作りたい!音楽が好き!有名Pになりたい!とかいう理由よりも、ムネオハウス的なクオリティーベースのクソ野郎になりたい!という古き良きインターネッツへの憧れからでしたが。だからこそ、わかむらさんは私にとってのギターヒーローだったりします。

 ただし。キャラクターに関しては、上で説明される著作権法上の保護法益とは別に、名称などの利用によって、登録商標による保護が発生します。著作権というより、楽曲の場合には商標に準拠した扱いをしていくことになります。キャラクターのイラストもどのみち使うので、特に絵師だからどうとか動画だからとか曲だからとかは、関係ないです。共通項として商標が取り出せるので、そちらの方が説明がわかりやすいと思いますが、さて。それで、会社の商標としてキャラクターの名称と特徴、役務などが登録されているのであれば、それに準じた取引が個々の作家にも求められます。キャラクターを使ったら、ね。

 でもそれは、大概は相互に利益をもたらすのです。だから個人の方ほど利用をオススメします。どうしてソフト買ったのに!と思われそうですが、ご安心ください。あなたはタダでピアプロを使っていますから、商標はその共用空間の所場代だと割り切った説明が可能です。さて、商標権利者は、個人よりも組織として強い保護機能を持つ会社組織として商標の管理を行いながら、キャラクターを通じて可能になった公共利用可能な空間(これをピアプロではないというのであれば、改良コルホーズとでもいっておきましょうか)も管理し、ときにブランドに沿ってコンテンツをマーケットに放り込んで資金を回収することもできます。個人はそこで使用料を徴収すれば双方にメリットが発生します。搾取とは違うのではないかしら。だって、同人イベントに出せば対価は回収できているわけで。私はむしろこの点は少数派であった自覚があります。でも、そんな余裕忙しくてなかったわ。

 ヤニーズ事務所とかAK48の事務所だと考えたいですが、どうかしら。当然そこからいくつもマイナスしなきゃいけないけれど。

 ここまで、初音ミクは著作権というよりもむしろ商標でクリプトンさんとクリエーターさんをつないでいる、ということを述べました。商標から切った方が説明もしやすいのだけれども、それはクリエーターに商標権の保護が共通して課せられている項目だからだ、ということも述べました。そういうわけでみんな仲良しなのです。

 以下は、挑戦的な話ですが。だから私は以上の理由から、つまり双方にメリットがあるという仮定から、あえて、「鏡音リン・レン」の曲はキャラクターの使用をしているという形で構わない、と考えています。というのは、個人がブランドの管理をするのは結構手間で、逆に組織が手間をかけてくれることで、提示されているルールを守れば、個人が公共の財を使うことが可能になります。私にはブランドなんかないですよ。他の人なんかブランド以外もないでしょう?いや私よりみんなモラルはあるか。でも、ブランドを持ち上げると、いい方を商標法的に変えると「化体」すれば、なんと相手にも、なぜか自分にも利益が発生するのです。なら、商標使った方が面白いですよね。

 ただし、挑戦的だといいました。現状では即売会による手渡しが握手券のような役割も担っている「様子」であり、オフ会的な関係性のメリットが付加価値として同人即売会に与えられています。また、音楽業界が開拓してきた国内市場には、まだ「エレうた」は馴染めていません。逆にあちらさんは侵食したいみたいだけれども、どうもそこは戦場ではないし、音楽産業の出来レースは見抜く必要があります。即売会も、ある種の人には必要なさそうだ、と考えます。音楽やってると、そこまで熱心じゃない方も確実にいますって。でもインターネットで育ったから、複雑ですね。

 まあでもそういうわけで挑戦的になるのですが、おそらく、今後そういった方向を向いていくでしょう。特に日本国外であれば、今後は勝手に商品が売られていく可能性があります。蓋然性は高いです。海賊版とブートレグですね。同人っちゃ同人だけど。こうした現状では、必然的に「アウラ」の話に帰謬していくでしょう。

 まあでもさ、こういうものは初動が全て、っていうじゃん。初動でかなりの規模動かしたと思うよ。

 でね。こういうことをいうと、理屈ではそうだが即売会が資金源だ、だから同人活動マンセー、みたいなことをまたいわれるかもしれません。でも、すでに理論的な部分は、こちら側に全てがあります。クールジャパンとかいうありもしないものにまで大規模予算がつくだけでなく、身近でいったら公私混同のSPACとかいうクソ劇団にまで文教予算が劇場など施設別に億単位でついてくるこの超共産主義ジャパンで、「物を売る」のは少数派だと思いませんか?しかも、物売ってないでしょ。共産主義には抗ってもいいことはないよ。共産主義に勝てるわけがない。フリーミアムとかじゃない。みんな考えているよりはるかに共産主義が成功している。東海地震も予知でたっぷり当てていたでしょう、いや地震じゃなくて、予算の方をね。

 地方に逆流して、もう嫌という程それは理解できた。これ以上、ありもしない競争や資本主義の話をするのは、やめてくれ。疲弊するだけだよ。確かに、神の国ではないけれども、日本は帝政を維持しつつ八百万の神も神社本庁で管理しながら、ちゃっかり共産主義の成功した国家です。意味がわからないですね。しかし現実です。ここは長くなるからやめますが、それは文教予算や文化政策の予算を取れという話とは全く違います。

 死んでいい人は誰もいない。共同生活をしなければ自殺を求められるわけでもない。あらゆる人種への金配りを、今は求められているし、多分というか確実にジャップの偉い人も、国内市場に資金がどうにかして循環することだけ考えているのです。ただ、共産主義社会では素直に拝金しないとゼロイチになってしまう。申請しないと自衛隊に守ってもらえない、とても恐ろしい社会だ、我が国。これは本当に怖いし、形式主義の恐ろしい面と利点をいきなり見せられてしまう。だからといって「そーですねー!」っていってりゃいいわけでもない。なんと我々の世代で福祉予算を削ろうとする動きもあるし、老人に苦言を呈すというパフォーマンスに組み入れているおっさんもいる。それはただの無能な働き者でしかない。害悪だ。実際、長年生きてきて競争競争資本主義、やれリーダーシップだといって勘違いした連中が、一番金払いが悪い。カネを払わないのであれば、もはやそれに用はない。

 そうはいっても堂々予算の話を私が握ってます!と吹聴するような「やりすぎ」はよくないです。斉藤斗志二さんという政治家がかつておりました。いわゆる紙工場のボンクラのガキです。残念ながら製紙込みであらゆる工場を持つところの工業は大々的な衰退をしておりますし、これも昔から分かっていたことです。しかし、富士市役所職員との圧倒的な癒着も子供の頃から見ていて呆れておりました。おそらく、同じ保守系の家でも、ああいう東京の下流くんだりの彼ら斉藤さんと、土着の人間とは壁があるね。結局は、彼も使いっ走りのよそ者でしかなかった。あと、こういった富士市の自民の連中が、癒着で子供の進路まで有利に決めるのはいかがなものだろうね。楽な仕事だな。

 で。帰郷して間もない私は、斉藤さんの政治ビラに衝撃を受けたのです。その選挙ビラ(選挙屋的にいったら法定ではなくいわゆるグレー)はもう田舎の地獄絵図そのもので、目を疑う内容でした。何に驚いたかというと、予算をいくら取ってきました!と数字が並んでいるところです。普通に、あー、こいつはダメだな、と。それは同時に、こいつの支持基盤が土建だということがよく分かる内容でした。まだどこかにサンプル残ってる。そろそろ、次の首のすげ替えを考えなきゃいけないね。

 ジャンボエンチョーという木材系から来た商人が広めた「DIY」の精神を忘れちゃいかんざき。そうそうお前の都合よくいかないぜ、何せな、ここは静岡だからな。

 削減ではなくて、配分の話でしかないのに。特に、若者には今の社会環境はあまりに厳しい。はっきりいって、能力ある人たちが、一部増長した衆愚の公害を受けまくっている。パソコンがあるのに、学会員のバカ上司が手書きで業務日報をつけさせてくるような世界はダメだわ、御多分に洩れずFAXに次ぐFAXをファイルする。しかもマジで集団ストーカーみたいに、契約後もつけてくるのよ。っていうか創価学会は全くありえないわ。創価学会擁護とか、マジで頭おかしいんじゃないの。まあでも、数年内で自分を含めていろいろ片付けようじゃないか。老人はどうせ死ぬよ。

 対外的には極めて良質な北米が顧客なのだけれども、そうすると権利処理をサクサク進めた方が面白いと思うけれどもね。国外の顧客は同人が獲得した顧客では、ないです。でも、我が国は商品を売るというよりは予算補助金で資金配分するのだ、という正論を拒絶できないですよ。散々考えたけれども、とにかく社会から脱落しようが何しようが弾かれようが、生きている価値がある者は生きなければいけないし、共産主義の前段階であるところの社会主義というものは本来、弱者にも最適配分をしてくれて、最後には別荘までくれるのよ。何でもいい、生きるためには。世界中に影響を与えたのは同人即売会の文化ではないし、そういう資本主義ではない。日本の便所の奥深くだったし、そういうところにしか本質的価値はない。チェブラーシカだって、あれは資本主義でもなんでもないのにチェブってるのよ。生存していいのよ。生きろ!ではなくて、あなたも私も生存して構わないの。生存するなとか、ニンゲンは罪を背負っていますとか、宗教ではあるまいし。キリストは罪を背負った?いつ、どこで、どのくらい?いくらしたの?キリストがジャップだったら確実に「世間に迷惑をかけた」という理由で穴吊るしにされてるだろ、ここはそういう無法地帯だ。アッラーアクバール。ジハードのジョンが来ようと「あいつア↑ベ↓って発音してたぜ、怪しいガイジンから村八分な」、みたいなのがこの日本という国です。ジハードなんか起こりもしねえよ。バクダディも「なんだかこの国の人じゃないみたい」ってバカにされつつ、爆打出井とかに改名させた上で棄教するまでアラビアに帰さないぜ。狂ってる。でもってさ、アニメじゃないからな、死んでもいいけれども、死ぬなら殺せ。いいか、死ぬならできるだけ多くを殺して死ぬんだ。甘えるな。商業施設を狙え。

 皮肉な話で、この初音ミクほど、資金(まあ紙幣でもいいけど)の循環、とにかく回っていることが経済活動による活況になり世界的な利益になる、ということをしっかり証明しているものも他にないでしょう。極論をいったら、WinnyやMMDを売っているか?いろいろな生き様がある。Winnyは原発の計算処理から出てきたし、他も軍事研究であるとか、意外にも国家予算からの発信が多いですね。わが国の経済主体には、天皇制もあれば、家父長制もあるし、封建制もあるし、学校型管理社会もあるし、たまにはヤーさんもいて、土地所有だってあるの。そこに商品を売るという行為もあるでしょう。それだけのことなのに。とにかくジャパンは複雑な国です。いろいろごちゃっとしてる。随分距離をとった書き方ですが、私だって全体を把握はできないですよ。人類学者がアフリカの部族の一員になれないのとさして変わらないと思うけれども。

 そういう意味では、ひとを勝ち組負け組の二種類に分けて二項対立でどっち!というような考え方では、残念だがどちらも負けているから生き残れない。あのな、ここは仮にもジャパンなんだよ、いい加減その小学生のいじめを強引に社会へ拡張したみたいな搾取格差の思考は芸術の先に出すのはやめたほうがいいよね。そういう話がはじまっても、武士は食わねどなんとやらで、それこそね。ノーセンキューですね。このスラングだけはaの発音が正確ですね、後発だけに英語の能力が高くなってきているということかな。サンキューサンキューって昔の人は言ったじゃない。θæŋk

 ただ、本当、同人と、そこにかぶせて資本主義系の特に商業はバカで無能のくせに声だけはデカいし、こいつらをもうそろそろ現実的に排除しないと何も回らなくなってしまう。排除、ってかなり厳しい言い方ですよ。ワンオブゼムだということを自覚してもらいたい。もっとお金の話をしたいけれども、とりあえず商標の話だからこの辺りにしておきます。ただ、企業が受注するお金も、それは財務省で計画されて独法で刷られて日銀が発行した紙幣なのだから、例えば「しっかり会社に勤めています!」という話が、それはマネタリーベースの本格推進にとって何を意味するのか、大人なら多少は意識してもらいたい。まず若年層にカネを配れ!というのが最優先で(ウェーブレット変換ってあるじゃない)、単にカネを使え!ということではないのですが。でもそれは、それなりに難しい話なのですよ。マクロ経済学の基本的な話を、少し含めました。

 もう、のぼり棒のアレンジに6分以上使ってmerakiaさんに苦笑させる怖いもの知らずの名誉会長Pはいないのさ。あいつは死んだ!当時のコンテンツだけが今も生きている。それでいいです。だから最近短いのばっかりにしているのでした。

 幻想と科学の区別がついたわりに、「ロマン」や「パンク」という単語についての考察が浅い人たち、ダメね。それってエーテル的で、非科学的よ。 ..うますぎるとクビになる世界もあるのです。フュージョンドラマーはロックを叩けないし、ロックなドラマーがフュージョンはできないし、そういうときには「行き過ぎ」とか「過干渉」だとして排除してしまいますよね。ただ、コミュニティ上層部が機能しないときには、下層部が上層部の意向を汲む必要はなくて、上層部を糾弾しつつ上層部に近い役割もしなければいけない。実際、コミュニティを出ると成果・能力的には評価が全く逆転していることがある。そういうのって人生一直線ってよりは確実に3度は思考の断絶がある。