2016年12月6日火曜日

場違いな批判を超えて強い言葉を使おうという話

 そういえば、大人気ラノベがアニメ化して二期も決定している「このすば」 を調べるのに、どうしても先に「すばわが」が出てきてしまいます。またひとつ確信させていただきました。折伏されてるのかこれ。でも、面白いですよね。(このすば面白いですよ!)

 強い言葉を避ける、とかおっしゃる方もおられて、まあ個々は勝手にやればいいと思いますが、芸術や文芸における強い言葉は避けるべきでしょうか。私は、そうは思いませんね。

 昔、「死ねって言う人は悪い人です!」っていって小学校とか幼稚園でよく先生に殴られました。どう考えても、殴るほうが悪い。どうせ「強い言葉を使う人は死ね!」って話になるでしょ?「馬鹿っていう奴が馬鹿なんだよ」みたいな。そんな、卵か鶏かみたいなこと、正直どうでもいいじゃん。そして、そういった先生方とお会いする機会があれば、私は寸分も迷わず殴ります。そしてこういいます「お前が悪い」。誰が正しいというわけではありません。肉体言語ゲーム。

 もっと具体的な例として、いちいちその強い言葉なるものを消していくと、文化における死の扱いは覆い隠すとかそういう話になります。より具体的に、ゾンビは死の側面が強いからダメとか。それってただの、公共性への主観のおしつけですよね。死体のないコナンなんか、変身できないままのヒーローで何話も持たせるような話です。