2016年7月23日土曜日

「呼応テロ」という造語に疑問があるという話

 海外の紙面のどこにそんな造語があるのでしょうか。しかも海外のできごとを扱っているのに。それはないでしょう。

 帝政で市民革命に出遅れたドイツが、スペイン・ポルトガルに代わって植民地化を進める英仏の既得権とかち合いながら、一方でオーストリア=ハンガリーとロシアはトルコをめぐり対立します。ここで既に、主導権を握りたいヴィルヘルム2世のドイツとロシアが組して、英仏をやきもきさせる構図というものは出来上がっていたのでは。所謂ドイツ謎の海軍軍拡です。

 そうした中で、石炭と蒸気による軽工業中心で進んだ産業革命が、石油と電力によるアルミ精錬などを主体とする、第二次産業革命へと向かいます。

 重工業は大規模な工場と、その工場設備のため巨大な銀行資本が必要とされるため、巨大企業がうまれます。そこへ農村から労働力が投下されるのですが、農村の経済基盤は工場によって破壊され不安定となり、農村の労働力が工場に向かうか、生産調整で景気が悪いなら難民となり、アメリカへ向かうことになります。ここで生じた「富農」は、日本の「農政」のような部門とクロスオーバーしつつ、今世紀まで日露双方の共産・社会主義勢力からで仮想敵とされました。

何が株式会社だよ


 さて、どうでしょうね。呼応テロ、なんて造語を使わなくても、過去にはパン=ゲルマン主義運動や汎亜細亜主義(だっけ?)のように、政治的意図に世界を巻き込もうという愚劣なグローバリゼーションもどきがいくらでもあったのです。

 なんのことない、そういうものではないのかしら。で、例によって私たちは関係ないです。テロも起こらない、と。儲かるのでテロを期待する警備業はあるけれども。

 これが韓国を植民地化したわが国、などでは問題があり、実際(わが国は法的に犯罪と言い張っていますが)テロが起こります。でも、それだって、国内ではなかったのです。しかも都合がいいときに用済みを殺害させるよう煽った、と冷たい見方もできます。現在、韓国とわが国の間でそういった何かが起こる蓋然性は、ない。ないです。泡沫の寺社でペットボトルや火炎瓶ちょっとひねったようなくだらない話はどうでもいいでしょう。韓国がそれほど憎いのかどうか、本人たちが自分を憎んでやっているのかどうか、すっかり満州の話が抜けるの面白いですよね、何かあるのかな。

 だから、そんな「意識の高い」話は、まさに至極どうでもいいです。あえて言いますが意識高いですね。どうせ来もしない外国の神様であまり期待させないでもらいたい。アッラーはいつも期待を裏切る。期待に満たない勝負は、数理論理的に公正な競争、とは思えないのですが。だから宗教はダメなんだよ。

 そして、ここは過激派イスラム教徒が安心して住めるほど平和ではないとはっきり申し上げておきます。プロの日本人がそういうのだから間違いないでしょ。ぼくらもたまに辛いよ。