2016年5月26日木曜日

DTMマガジン1月号増刊

 昔、KEIさんのイラストが好きで、KEIさんの描かれた初音ミクの色使いに惹かれてしまい、初音ミクのサンプルが付いてくるDTMマガジンの別冊ムック本を買ったりしました。自分が掲載された本はサンプルも断ってしまったのに、こっちはちゃっかり買っているという。ちなみに当時、初音ミクはもう持っていて、しかもサンレコ厨でしたから、当時ライターだった津田さんのコラムとか読んでいました。まあいろいろあって当時はその周辺しか初音ミクの話題がなかったのもいい思い出、です?

 今、引っ張り出して読んでいます。藤田さんと下田さんの数ページあるインタビューを読んで、深く考えさせられました。こういうの残っていてよかったなあ。ボカロやるとチョコもらえるらしい。

 そしてEZドラマーの広告。これを売っていたり、サンプリングやループの素材(ドラムの中で単発のスネアとかキックの音が欲しいときに買うもの)を扱っていたのが、なぜか北海道にあるクリプトン・フューチャー・メディアさんでした。

 とはいえ、まだ当時はDAWで本当に音楽としてちゃんと聞ける程度まで音楽ができるのか、正直みんな微妙に思っていて、これも、その後ボカロ曲がどの程度までできるのかを示してくれたと思います。前後にBECKという漫画があって、ここではバンドマンたちが高校中退したりしながらあくせく働いてスタジオ代を稼ぎ、レコーディングに挑む描写がありますが、まさにこれであって、普通の感覚では自宅で録音はしませんでした。(ちなみにこの漫画とアニメは、「現地」ではグラミー賞のベック・ハンセンより有名なんだそうです、っていうかグラミーのベックはゲンスブールの子供のプロモーションもやってんのかー、どう考えてもこれ本人の趣味じゃないかアツいなあ)



 ギターという生の系統の音が必要なロックがやや出遅れるのは、そういう事情もあったと思います。ソフト買っても重すぎて動かないとか、DAW買うだけ買って起動していないとか。いや、今もまだとてもみんながみんなまともに曲を作ろうと思って作れる人では、ないですね。それに、高いギターアンプのシミュレータが重い割りに良い音にならず、いっそアンプかけたやつにマイク使うか、一番こだわりのなさそうなちゃっちそうなエフェクトを使うと軽くて良い音がするとか、そういうなんだかよくわからないけれども非常に理不尽な世界は続いています。

 2007年の東京、冬は寒かったなあ。そこから数年間、08年には新百合あたりの街を歩けば「歌ってみた」「ニコニコ動画」という話題がギャルっぽいお姉さんの口から出ていて、友人と笑っていましたが、その後数年経っても、山手線に乗れば「初音ミクが」「ボーカロイドが」と。なんか本当にそういう状態だったのです。蚊帳の外で働いていた私には何の関係もない話でしたが、素敵なことです。まだソーシャル化が進んでいなかったことも大きいですが、なんとなくでも作ってみたり鑑賞したりというインターネッツなクソさが残り、ある種の人には牧歌的だったと思います。

 それでいいのです。美しい思い出や、勝手な思い込みが、心を落ち着けることもあります。だから、綺麗な思い出は綺麗なまま持っておきたいと思います。そういうわけで、こんな風にDTMソフトがイラストに広がっていったんだなあ、とか、ReWire使えんのかー、とか、こんな風に調教やるんだー、とか、声優さんって何でも声出せてこんな美人さんなんだなあ住む世界違うわー、みたいなところで、一度時間を止めてみると、ソーシャルというものが物を生み出すにあたっていかに不要であるかがわかります。だから、社会経験とか人脈とか、そういうものは、必要ないのではないでしょうか。そんな社会関係にどっぷりとつかって空気を読んだムラオサの意思を信奉するところから一体どんな革新的コンテンツが生み出せるというのでしょう。

 すると、いくつかやるべきことが見えてきます。

  1. twitterはインターネット物申すマンになるから今すぐやめる。うざい
  2. Facebookはくだらない上下関係になるからやめる。時間の無駄でカネにならない
  3. スピード感が重要。今すぐソーシャルをやめるか、凍結されるようなことをする

 そして、同人のオフ会に行かない。同人イベントに参加しない。同人イベントにカネを出さない。他人とできるだけ「会話」をしない。これも重要では。そんなものは元々なかったのです。そしてそれは面倒臭い。面倒なことは面倒な人たちに勝手にやらせておく。作品をベースに恋愛が生まれるような分には問題ないと思うけれども、それは作る人の楽しみにはならないんじゃないかね。こっちはそれを見てほくほくするところに楽しみがあるんだよ。

 スピード感、ね。

 なるほど。先輩がPAの技術的なこととして紹介されていたのですが、これらは「初心者がやりがちな無理なEQ」とも言い換えることができそうです。(参照

 一度時間を戻してみると、つまり特性をフラットに戻してやると、善か悪かという二元論で物事判別しないというのも重要になります。EQもいろいろあります。プラスにもマイナスにもできるし、ピークディップやベルだけでなく、場合によっては一気に持ち上げてしまう、あるいは(経験上あまり上手くいったことがないけれども)ぐっと下げてしまうこともできるのです。低域をフィルタしたりはするかな。やっぱり、ちゃんと読むとDTMマガジンの増刊号にそういう解説が調教の方法みたいなところで載っています。そして、とてもいい人である私ははっきりこういいたいです。人々の「善意」を集めたい。

 なぜ今このタイミングでこんなことをいうのでしょうか。実は、私はいい人なので自分のカネ儲けを阻害したやつのことはきっちりと覚えています。お前だよお前、いや、仲良くね。カネの恨みの方がメシより強いに決まってんじゃん。ようやく今、同人ゴロ野郎がいわゆる「他ジャンル」に移り始めていて、非常に、大変、とても、やりやすさを感じます。死体は蹴り飛ばすに限る。おめー別にCGM関係ねーだろ。まあその流れそれ自体はとてもいいことですが、連中に二度とカルチャーの椅子を与えるつもりはない。死ぬまで、その「ジャンル」を、動き続けて!そして。はっきり言おう。大人だからね。うん。尊敬する松浦社長もいってました。「死ね」はいっていいけど、「殺す」はダメなんだって!だから、もう一度いいたい。お前さ、目障りなんだよ。

 死ね。

 大人だからね。もう一度いっておくよ!

 死ね。

 大人だから、そういうのもありつつ、単純な好き嫌いで動くわけにはいかないのですよ。これは同人豚野郎相手でもヤーさんやチンピラ相手でも。あなた痴漢が好きだから痴漢をするんですか?私は、やるなとはいわないけれども、さすがにそれ子どももいいとこですよね。フーゾクやデリヘルあるじゃないですか。今、全てを「インターネット上で」フラットにしなければ、主に私の快楽が失われます。ただしみなさん覚えておいてください。今回椅子取りゲームで負ける同人豚野郎は、単純な好き嫌いでしか物事を判断できないのです。だから、連中はやんわりと排除するか、課金ゲームでもさせておいて。

 ってDTMマガジンに書いてあった。だから、よく話し合って、みんなで殺そう。これがコミュニケーションだ。