2016年3月5日土曜日

DSDは必要か

・DSDはDSD
 イロモノとして楽器的に混ぜるなら面白いけれども、べつに普及しているわけでもないし、エフェクトもかけられず、ディザも入れているので、マスターに使うにはドベって感じするし、2496以上は今現在、事実上「扱えない」。アマチュアでこうだから、プロには無理なんじゃない?聞く側としては、ハイレゾのコンテンツも揃わない。ワーグナーにJPOPアーティスト、演歌が腐ったようなの。そんなのばっかり聞いていて、つべの動画紹介もそんなのばっか。しかも録り音悪いし。ワーグナーでなにが分かるんだよ、そこはチャイコフスキーだろと。そも、そんなに(ピュア界が大好きな)リアルなアコギ弾き語りを聴きたければ駅前で聞けばいいのに。オーケストラや、最近の舞台「芸術」は国策芸術で、文教予算を取って、その予算でダメな人を生存させるための生活保護なので、アート性どうこうは関係ないし、市場も関係がないのです。そういうところからきた贅沢な連中が市場活動を停滞させているさまは何度も見ました。

 100万もかけてそんなコンテンツ聞くならオーオタ以前にセンスなさすぎで、たいていそんなんがDSDマンセーしてる。そして、まるでピュアな音なんです!レコードのような音なんです!と。処女膜から声出すなよ。音楽はもっと汚い音で。

 出てくる数字も、大抵DSDマンセー。しかも前提がおかしいことばかり書いてある。ネガキャンでは。ネガキャンはよくないよ。ネガキャンするほど売れ行きが悪いんだろうね。

 私は、フォーマットは電源と同じくらい音質に関係ないと考えています。

・単独精確なクロックから「同期」へ
 あと、いちいち他人の音と自分の音を比べようとするなよとか。低俗な争いはやめようよほんと。ぼくのは大したことないよ。むしろそういうのは利益平等配分にしてガンガン頼みたいですよ。

 ついでなんで。クロックは精確なものは工業で借りてくりゃいいんで、同期をね、同期をちゃんとしないと。人類学や言語学における「共時性」"のような" 概念に近いと考えていますが、同期が重要です。同期は難しいです。

 そこも、同期が取れないデジタルのジッターと、アナログでのコモンモードノイズ的な扱いでは別だなと思う。単純にジッタージッターっても、いろいろ違うし、デジタルのジッターも楽器として練られたものを聴くとジリジリいっていい感じします。

・で、包括的に考えると
 DSDとか1bitでサンプリング周期がはやいやつは、アンプなど再生側での色付け向きか、逆に録音するときのプリアンプに通して使うコンパレーターの処理にして、コンテンツのフォーマットはPCMや、ひどい話ではあるけれども圧縮という話に落ち着くのでは。